昔、居酒屋で一番好きな漫画はなんですか?と聞かれたことがある。
その時はタイトルがすぐ出てこなくて、ある短編集の漫画の一つだよ。と答えた。
漫画は、鬼頭莫宏の残暑、「よごれたきれいな」だ。
眉目秀麗で勉強もできる社長の娘がいる。会社の負債が膨らんで父は自殺してしまい、それをきっかけにいじめに会うという話だ。
主人公は、実際にいじめてしまった男の子。
よごれたきれいなは、高校生の時に読んで、何故かはわからないが、好きだった。
たぶん、自分にない感情だったからだろう。
わたしは、人との別れを悲しいと思ったことがなかった。
卒業式で皆が泣く理由がわからない。
たまの正月に一度会うぐらいが丁度良い。
人付き合いは面倒で、上辺だけでやりとりするのが常だった。
HSS/HSP的な要素の一つだと思う。
人への興味も持続せず、恋愛感情というものがよくわからなかった。
何故みんなあんなに恋バナというやつを楽しそうに話しているのだろうか。
好きなアイドルとか、俳優とか、理想のタイプだとか、くだらないことに答えるのが憂鬱だった。
わたしがアセクシャルではないかと気づいたのは、それから当分あとだった。
でも私は、人間のことは嫌いではなかった。
そんな私は、ほんとど初めて興味がずっと持続する人に出会った。
居酒屋で、一番好きな漫画はなんですか?と私に聞いた人だった。
消えてなくなりそうだったその人が心配で、すべてが気になってしまい、元気がなさそうにしていると元気づけようとした。
HSS/HSPな私は心配になればなるほど、どんどん突っ走ってしまった。
自分の安心できる距離に。
「よごれたきれいな」では、彼女が貸したハンカチはきれいになって主人公に返ってくる。
それは、目の前からあたかも彼女という存在がなかったように。
確かにいたはずなのに、もういない。
やっと理解できたときには、もう目の前にいない。
その事実に向き合わないといけない。
わたしは漫画のタイトルを伝えることができなかった。
でも、確かに居るし、何処かにいる。
何処かで頑張っている。