リチャード・ジュエルを見ました。
オリンピックの警備員として働いていたリチャード・ジュエルが、爆弾をみつけ人々を避難させたことがキッカケで、発見第一人者だからとFBIから最重要人物として取り調べを受ける羽目になる、っていう話です。
この映画の主人公、リチャード・ジュエルは、正義感に溢れ、というか溢れすぎてて、日々、保安官や警察官として返り咲きたいと考えています。
が、なかなか人生はうまくいかず、己の正義感を警察官でもないのに強行してしまい、次々と働いている場所を首になってしまうーという過去を持ち合わせます。
オリンピックのイベントでも、ジュエルは誰も警戒していない最中、至る所に目を光らせているわけですが、そんな最中、騒いでいる若者たちを注意しているときに、持ち主不明の荷物を発見し、怪しいリュックだ!と本部へ報告します。
他の警備員たちは、酔っぱらいの忘れものだろう、と思って半ばジュエルに付き合ってやるか程度で甘くみているわけですが。案の定の展開となり、人々を助けたジュエルは英雄になるわけです。
が、FBIの捜査の手が及んでいきます。
下層の白人、次々と解雇されて転職、母親と同居、家には大量の猟銃、犯罪や警察に関する書籍。ジュエルの状況が怪しいとにらんだFBIが、罪を着せようとして囲い込む。
この映画の行く末を見ていて思うのは、昨今のSNS問題です。
メディアやFBIによってジュエルは犯罪者としてこの映画はつるし上げます。
たった一言の疑念の報告から。
それは、こいつが犯人じゃないの?怪しいよね?そうじゃない?みたいな憶測から、どんどん広がりをみせていくような、そんな印象を受けるのです。
でも、そんな最中でもジュエルは毅然としている。
俺は何もしてない、正しいことをした。みんなの命を救った。
この爆破事件の犯人は、そう、やがて明かされる犯人でしょう。
ただ、この爆破事件で起きた一連のジュエルたちを踏みにじった犯人は誰なのでしょうか。
アトランタオリンピックがあったのは1996年のことです。
今も昔も、ずっと同じことをやっている、そんな風にも感じます。
ただひとつ言えるのは、ベーグルを食べるジュエルの手は震えているのです。
彼も普通の人なんですよ。
だがしかし、この映画の唯一残念だと言えるところは、女性記者がFBIに体の関係をせまり、情報を聞き出そうとする場面でしょうか。
事実に基づく、と謳っているけれど、そこを脚色してないか?どうなのか?という非難は出てしかるべきでしょうし、この映画のテーマ性と矛盾してしまうわけです。
実際どうだったのか、ということはわからないし、wikiを見ても情報源に基づいているとしか記載がないが、こういう話になってしまうのは、若干残念かな、と思うところです。
でもね、良い映画だったよ。