ネトフリオリジナル映画ですね。
エイミーアダムス主演のスリラー映画です。
どうやら、原作があるらしいです。
エイミーアダムスっていうと、魔法にかけられてとかのラブコメに出てたんですけど、年食ってから哀愁漂う中年を演じることが増えていて、いいですよね。
体つきや、首筋のしわなどがいい感じになってます。
この映画の主人公は、中年女性なのですが広い家に一人で住んでいます。
ある日、向かいに新しい住人が引っ越してきて、家の中から眺めている。
しばらくすると、この女性の様子がおかしいことに気づく。
家の中には、沢山のワインの瓶。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
家の中にしかいないようなネグリジェみたいな服装。
家の中にしかいないのでもちろん化粧はしていない。
どうやら、広場恐怖症らしいということが判明する(ここで、この映画がほぼ家のなかでしか展開しないことが判明する)
そんな彼女の家に向かいの少年・奥さん・旦那さんが訪ねてくる。
少年が向かいに引っ越してきたんですけど、と挨拶をするわけなのだが、その時のアメリカ文化にはびっくりした。
日本で、向かいの家に挨拶ッてまずしにいかない・・・よ?w
しかも、ここはマンハッタン。ニューヨーク。
普通するの?よくわからない。
でも、そのあとの主人公のセリフにびっくりした。
普通は、新しく越してきた人にこっちが挨拶しにいくんだけどね。
そうなの?!アメリカってそうなの?!日本と真逆じゃん?!知らなかったよ!?
と、文化に衝撃。
ここで主人公は最初少年の訪問に懐疑的なのだが、児童心理学者という生業もあってか、少年を家に帰す頃には少年への警戒心も見事に解けていた。
どちらが心理学者なんだ?と若干思わなくもないが。
そうこうして訪ねてくるのは妻のジュリアンムーアだ。
ジュリアンムーア実はこんなところに出ていたのか。
この映画、主人公の家だけで展開すると思いきや、向かいの家というのがキーになっている。
つまり、主人公の家から、向かいの家をのぞき込んだりするシーンが出てくるのだ。
手を出せないが、何が起きているのか観察しなくてはいけないという、観客のような傍観者のような立場で物語が一部進行する。
悪くはない演出なのだが、あの過剰演出が必要だったのかなとは少し疑問に感じる。
なんだかんだで、主人公も心理学者ではあるものの、広場恐怖症であることが判明しているのだが、問題はここからで。
- 主人公は精神科医にかかって療養中である。
- 最近薬の種類を変えたので、主治医は何かあったら主人公から電話を貰いたいと思っている。
- 広場恐怖症だけれど根本的には不安症がある。
といういくつかの問題がある。つまり、ここから展開するスリラーとしては、主人公の一人称だけで展開するので、
主人公が見ているものが本当なのか幻なのか、それはなんとも疑わしい。
という懐疑性でもってして物語が展開していくことを狙いとしているのが確定する。
最終的には私はあまり好きな映画ではなかったんだけど(始終なんだかイライラする)、後半のシーンで、
家の中であるのに、主人公には見える幻を見せる演出がある。
あそこのシーンはよかった。まるでゲームで主人公が、過去の思い出話を語りだしてフラッシュバックしていくようなシーンだ。
もう一押し、という感じの映画でした。
広場恐怖症をネタにした話だったら、こっちのホラー映画の方が面白いのでお勧め。